煙草くらい吸いなよ!?

常識が正しいとは限らない
私が社会人になった頃、職場では煙草を吸うことが当たり前でした。
今では考えにくいかもしれませんが、仕事中でも自分の席で普通に煙草を吸っている人がたくさんいました。
私は煙草を吸わなかったのですが、新人だった私の仕事の一つが、先輩たちの灰皿を片づけることでした。
灰を捨てて、汚れた灰皿を洗う。
自分は一本も吸わないのに、毎日のように煙草の煙に囲まれて仕事をしていました。
部署のみんなで飲みに行けば、そこも煙草の煙でいっぱい。
煙が立ち込めた部屋で、目が痛くなることもよくありました。
それでも当時は、それが「普通」だったのです。
「社会人なら煙草くらい吸え」
ある先輩から、
「煙草くらい吸わなきゃダメだ」
「社会人になって煙草を吸わないなんて、どうかしている」
とまで言われたことがあります。
その先輩なりの理由もありました。
当時の私は、お客さんとのコミュニケーションがあまり得意ではありませんでした。
それを見た先輩は、
「煙草を吸えば会話の間が取れる」
「一緒に煙草を吸えば、お客さんとも話しやすくなる」
と言うのです。
確かに、当時は喫煙所で仕事の話をしたり、煙草をきっかけに人間関係をつくったりすることも珍しくありませんでした。
だから先輩にとっては、
「煙草を吸うことも仕事のうち」
くらいの感覚だったのかもしれません。
それが、その頃の「常識」だったのでしょう。
それでも私は吸わなかった
けれど、私は煙草を吸いませんでした。
どう考えても、体に良さそうには思えなかったからです。
仕事のため、人間関係のためと言われても、自分が納得できないことを無理にする気にはなれませんでした。
先輩の意見を聞き入れなかったので、かなり怒られました。
それでも、
「みんながやっているから」
「先輩がそう言っているから」
という理由だけで、自分まで煙草を吸う必要はないと思っていました。
そして何十年か経った今、世の中は大きく変わりました。
職場や飲食店での禁煙・分煙が進み、煙草が健康に与える影響についても広く知られるようになりました。
昔の私が今の社会に来たら、
「こんな時代が来るんだ」
と驚くと思います。
常識は時代によって変わる
この経験から感じるのは、
「常識」と「正しいこと」は同じではない
ということです。
常識とは、その時代、その社会、その集団の中で、多くの人が「そうするものだ」と考えていることにすぎません。
だから、時代が変われば常識も変わります。
昔は当たり前だったことが、今では非常識になっていることもあります。
反対に、昔は「そんなのおかしい」と言われていたことが、今では普通になっていることもあります。
つまり、
「みんながやっている」ということは、「それが正しい」という証明にはならないのです。
「普通はこうする」は本当か?
私たちは日常の中で、
「普通はこうするよ」
「みんなやっているよ」
「そんなの常識だよ」
と言われることがあります。
そんな言葉を聞くと、自分のほうが間違っているような気持ちになることがあります。
けれど、そこで一度立ち止まって考えてみてもいいのではないでしょうか。
「本当にそうだろうか?」
「なぜ、それが正しいのだろう?」
「今の自分にも、その考え方は必要だろうか?」
常識を何でも否定する必要はありません。
多くの人が長い間積み重ねてきた知恵が、常識になっている場合もあります。
大切なのは、常識だから無条件に従うのではなく、自分の頭でも考えることです。
新しい情報を知ったら、自分の考え方もアップデートしていく。
そして、明らかに自分にとって望ましくないことや、正しくないと判断できることについては、周りに流されず「私はやらない」と決める。
そんな自分なりの判断軸を持つことも大切だと思います。
周りがみんなやっていても
あの頃、私の周りでは多くの人が煙草を吸っていました。
吸わない私のほうが少数派でした。
それでも今振り返れば、周囲に合わせて無理に吸わなくてよかったと思います。
多数派だから正しいとは限りません。
昔からそうだから正しいとも限りません。
偉い人が言っているから正しいとも限りません。
そして、今の自分が「正しい」と信じていることさえ、未来から見れば間違っている可能性があります。
だから、
「常識だから」ではなく、「本当にそうなのだろうか」と考える習慣を持つ。
世の中が変化し続ける中で、自分らしく生きていくために、とても大切なことなのではないでしょうか。