相手をダメにする教え方

いいやり方を教えようとしても、相手は学ばない
「こうすれば、もっと上手くいくのに」
「こうやったほうがいいよ」
「せっかく教えているのだから、やってみればいいのに」
そんなふうに思ったことはありませんか?
子どもや家族、職場の人などに対して、「良かれと思って」アドバイスすることは誰にでもあると思います。
ところが、こちらが一生懸命教えれば教えるほど、相手が動かなくなることがあります。
なぜでしょうか?
教えられるほど、人は受け身になる
人は、自分で「やってみたい」と思ったことは、自然と調べたり、工夫したりします。
一方で、誰かから、
「これをやりなさい」
「こうしたほうがいい」
「前にも教えたでしょう」
と言われ続けると、だんだん自分で考えなくなります。
「誰かが教えてくれるまで待とう」
という状態になってしまうからです。
たとえば、料理を覚えようとしている人に、横から一つひとつ細かく指示を出し続けたとします。
「火を弱くして」
「次はこれを入れて」
「もっと混ぜて」
と言われているうちに、その人は自分で考える機会を失ってしまいます。
反対に、基本だけ教えて、
「まずは自分で作ってみよう」
と任せてみる。
すると、
「少し味が薄いな」
「次は火加減を変えてみよう」
と、自分で考えるようになります。
この「自分で考える」という経験が、学びにつながります。
「教える」より「任せる」
もちろん、何も教えてはいけないということではありません。
知らないことを教えたり、安全のために必要なことを伝えたりすることは大切です。
問題なのは、
相手のために教えているつもりが、相手の考える力まで奪ってしまうこと
です。
「この人には、私が教えてあげなければ」
と思いすぎると、相手を「自分ではできない人」と見てしまいます。
すると、相手も知らず知らずのうちに、
「自分では無理」
という立場になってしまいます。
そんなときには一歩引くことが大切です。
子育ても同じです
子どもが何かに困っていると、親はすぐに助けたくなります。
「こうしたら?」
「こうすればできるよ」
「失敗するから、やめておきなさい」
と先回りしてしまうこともあります。
でも、子どもが自分で考えたり、失敗したり、工夫したりする機会まで取り上げてしまうと、自分で行動する力は育ちにくくなります。
たとえば、子どもが翌日の準備をなかなかしないとします。
親が毎晩、
「明日の服は出した?」
「歯磨きした?」
「忘れ物はない?」
と全部確認していると、子どもは「親に聞かれたらやる」という習慣になりやすくなります。
最初は一緒に確認していても、少しずつ本人に任せていく。
そして失敗したとしても、すぐに責めず、
「次はどうしたら忘れにくいかな?」
と考える機会をつくる。
それが、自分でできる力につながっていきます。
信じることも教育の一つ
相手を成長させようとするとき、大切なのは「何を教えるか」だけではありません。
「この人なら、自分で学んでいける」と信じられるかどうか
も大切です。
手を出しすぎず、必要なときには支える。
そして、あとは本人に任せる。
これは「放っておく」のとは違います。
相手を見捨てるのではなく、
「あなたなら考えられる」
「あなたなら自分なりの答えを見つけられる」
と、相手の力を信じて待つことです。
相手を変えようとしない
「もっと成長してほしい」
と思うほど、私たちは相手を変えようとしてしまいます。
でも、人は誰かに変えられるよりも、自分で気づいたときのほうが大きく変わります。
だから、
「どう教えれば、この人は変わるだろう?」
と考える前に、
「この人が自分で気づくためには、私は何を手放せるだろう?」
と考えてみる。
必要なことだけ伝えたら、あとは本人に任せてみる。
その余白が、相手の考える力や行動する力を引き出すことがあります。
教えることだけが、人を育てる方法ではありません。
ときには一歩下がり、相手を信じて任せる。
その「何もしない時間」の中で、人は自分なりに学び、成長していくのです。